2009年9月22日火曜日

見ざる聞かざる云わざる

日光東照宮の山門に三匹の猿の彫り物が据えられている。 左甚五郎の作と伝えられているが、 真意の程は定かではない。 この三猿、実は世界中に存在する。 大まかに云えば人に災いや害を成す存在を、 見るな、聞くな、話すなという戒めに使われている。 日本では子供の教育に、 中国では論語の一節に、 アメリカの日曜学校でも、 あるいはガンディーもこの猿を戒めに使っている。 このモチーフは古代エジプトでも使われており、 地域によってその対象は違っているが ある意味、世界共通の文化といえる。 しかし、その発生源となると定かではないらしい。 ところがこの叡智を表す諺が、 ある時期の日本という国では、 必ずしも子供の情操教育の為に使われたわけではなかった。 私の親は私が民主主義国家であるはずのこの日本に存在する、 天皇家の不条理さを唱えると、 必ずやこの言葉を唱えて私の口を塞ごうとした。 第二次大戦以前、 日本の教育では天皇を神と崇め、 天皇家を批判することはタブーだった。 そして、それを声高に唱える者は、 非国民というレッテルを貼られ、 刑罰を受けた時代が長く続いていたのである。 それが原因で私は戦後に産まれたにも拘らず、 特高の目を恐れるという、 親世代の潜在的恐怖がトラウマとなって伝わり、 天皇家の存在の触れる際には大いなる決意が必要であった。 しかし、もはや戦後六十数年経った今、 私は声を大にしてことの是非を問いたい。 民主主義国家というこの日本で、 一度も国民から付託を受けたことのない天皇家が、 なぜ象徴としてその立場を維持できるのか? しかも天皇家は日本国籍ではない、 天皇家独自の籍が日本国民とは別に存在する、 言わば日本国籍外の一家なのである。 その天皇を象徴として、 国民に選ばれた議員である閣僚が、 皇居において天皇から承認状を受け取る。 この如何にも民主主義を蔑ろにした儀式に疑問も差し挟む様子もなく、 当然のように演じる政治家の姿を見るにつけ、 彼らは本当に民主主義を理解して、 国民の代表として政治を行っているのかと疑っている。 天皇裕仁はこの日本という国を先の大戦で敗戦に導いた。 ある意味超一級の戦犯である。 その裕仁を元帥と崇めた日本国軍が、 日本国民の数百万の命を犠牲にした責任を、 自ら明確にする事はなかった。 更にその上アメリカ政府に対して、 自らの身を投げ出すというかたちで命乞いをし、 世界に恥を晒しながら生き延びた。 その結果、 敗戦国という日本の姿を象徴的に具現し、 この日本をじつにアメリカにとって都合のいい、 アメリカ傀儡の民主主義国家にしたのである。 この病理はまた、 戦後のこの国の指導者達にも蔓延し、 責任者のトップが自らの責任を曖昧にし、 罪科を逃れようとする 悪しき病理の礎になったといっても過言ではあるまい。 その症例は自民党の末期の首相経験者を眺めれば、 疑問の余地もなく証明されていると思うのだが・・. 改憲の論議が喧しい。 しかし誰もが天皇家の存在に触れようとはしない。 戦前教育のトラウマが、 あたかも三猿の悪しき戒めのように、 六十数年経たいまも国民のトラウマとなり、 見ざる聞かざる言わざるの呟きが行動を束縛しているのである。 断っておくが、 私は天皇家をこの国から抹殺せよと主張しているのではない。 この日本という国の国民が、 世界の何処にあっても、 私の生まれた日本と云う国は民主主義国家だと、 胸を張れる国になって欲しいだけなのである。 米軍の移転も確かに重要であり、 アフガン給油も現実として大切な事案かもしれない。 しかしそういったことも含めて今、 日本の政治家が最も考えなければならないのは、 土台となるべき国家の象徴を、 国民の負託によって選出する為の、 国民的議論を立ち上げることではないだろうか。 それこそが民主主義国家日本にとって。 最も重要な課題であるように私には思えるのだが・・・。

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