日本の教育システムは、
よく詰め込み教育といわれていた。
私達が子供時代、
教師は取りあえず覚えさせる。
これが基本だった。
私はそれら全てが不思議だった。
本を読めば分かる事なのに、
教師は勿体をつけ、
教えてやっているという態度で予習復習を強いる。
母親もまたそれが当たり前のように振る舞っていた。
面白い事に、
私の母は私をジャン.ジャック.ルソーの著作、
エミールのように自由に育てたかったようである。
確かに小学校へ入るまでは自由気ままに?
まあ我が侭いっぱいに甘やかされて育った。
恐らくこういった子供が教室に一人いると、
教師は困った事と思う。
しかし一年のときの担任は優しく鷹揚だった。
勝手気侭な私を教壇の一番前の椅子に指定した。
隣にはとてもおしとやかな女子生徒。
きっとそれが効を奏したのかもしれないが、
私はその教師にこよなく愛された。
決してエコヒイキというわけではなく、
その教師も生徒達に慕われていた。
途中、その担任の教師は子供を産み、
時にはその子供を連れて学校に通っていた。
その赤子を用務員室で、
生徒を数人ずつ呼び寄せ触らせてくれた記憶が、
柔らかな日差しの中にいるような、
心地よい思い出となって記憶に残っている。
この日本という封建国家でルソーの描く、
自然主義的な教育論が通用するはずも無く、
二年生で転校した途端に担任との折り合いが悪くなり、
私はそれから数年間、暗黒の時代を経験する。
登校をぐずる私に手を焼き、
そこで母親は自分の信望したルソーの教育論が、
日本の教育システムには向かないと知ったのかもしれない。
母親のそういった方向転換はしかし、
幼い私には裏切りにしか思えなかった。
三つ子の魂百までもとはいわないが、
幼年期に一度味を占めた自由奔放に生きる日々の、
めくるめく程の芳醇な思い出は、
恐らくもう私の脳にしっかりと、
組み込まれてしまったようである。
私が恐らく金銭に無頓着になったのは、
こういった自分の心を最も豊かにする、
自由で解放された人生のその豊かで芳醇な味わいが、
とても金銭では購えないと、
子供心にも分かっていたからかもしれない。
お金も知識も確かに、
生きてゆく上では必要欠くべからざる存在である。
しかし知識も金も、
脳と懐に詰め込めるだけ詰め込めば、
それで人生が安楽という保障はなにもない。
それらは共にどう使うかによって、
その人生を豊かにみし貧しくもする。
いかに大金持ちでも、
そのお金を己の享楽に費やすばかりでは、
決してそれは豊かな人生とは思えない。
いかに豊富な知識があっても、
それが故に他人を見下すようなことに使っては、
きっとその人生から潤いのある豊かさは生まれない。
よく銀行マンや証券マンから、
聖徳太子は寂しがり屋といった喩え話を聞く。
だから貯めろという気持ちは理解できる。
が、しかし、お金のない人間には、
お金がないという緊張感がある。
それはお金をせっせと貯めるよりも、
遥かに健康によいのではないかと私は反論したい。
私は幸か不幸か、
聖徳太子にはあまり愛されていないようである。
御陰さまで金銭的に豊かというにはほど遠い、
慎ましやかな日常の中に日々を過ごしている。
それ故に病の方から避けてくれるようである。
というより病気になんか罹れないといった緊張感の中に、
日々我が身を委ねているというのが正しいのかもしれない。
よくマスコミで、
月々何十万円の収入があって初めて、
人間らしい生活が出来るといった報道がされる。
その金額を耳にする度に、
なぜそれだけの大金が、
老夫婦に必要なのかと首を捻る。
妻が教える短大で、
副手の給料が十万円を切るという。
確かに貧弱な俸給には違いない。
しかし生徒の口からその額が低過ぎて、
それでは生活が出来ないという言葉が出るらしい。
私の金銭感覚が間違っているのかもしれないが、
学生なら今の社会環境で十万円も手に入れば、
左うちわで生活できると思うのだが・・。
私は何よりも自由をこよなく愛している。
自由に考え自由に行動できるのなら、
そこがたとえどんな過酷な自然環境だったとしても、
そこから数知れぬ程の豊かさを手に入れる自信がある。
幸い今の時代、
自分の中にそれほど知識を詰め込まずとも、
コンピューターにネットという強い味方が存在する。
困った時はパソコン頼みが良いことがどうかは分からないが、
知識に縛られる事無く自由に思考を巡らすには、
この方が勝手のいい環境のように思える。
お金など最低限衣食住に足るだけあれば、
それで日々の生活など間に合うというのは、
今の日本ではあまり受け入れられない考えかもしれない。
それでも私は、只足るを知ることこそが、
人生をより豊かに過ごす最良の選択だと思っているのである

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