2009年6月6日土曜日

人は二度死ぬ

一度目は肉体の死であり

そして今ひとつは、

忘れられる事による死であると云われる。

これは人間が造り上げた文化も同じで、

継承され、語られる事によって存在を継続できるが、

継承者が存在しなくなった時点でその存在も消滅する。

 

肉体の死は逃れようもないが、

その人となりの存在は語り継がれる事によって、

永遠に存在し続ける事ができるといえる。

歴史に残りたいという思いは、

もしかしたら肉体の死ばりではない、

自己の存在の全てが消滅するのを恐れるが故の、

個人のエゴが求める究極の生存願望かもしれない。

 

私などはこのまま消えても良いと思っている。

しかしその思いとは裏腹に、

小説を書き続けている。

書き続けているからには、

それなりに世の中から評価されたい。

そういう願望がないといえば嘘になる。

 

こういった自己矛盾を抱えているのは、

別に私だけではないように思う。

誰もが必ずや訪れる肉体の死から、

この世に生きている限り、

決して逃れられないと思っている。

 

肉体の死が歴然と存在する事実は、

人にとってある意味では平等に約束された、

決めごとのような存在かもしれない。

しかし存在し続けたいという願望も、

当然の事ながら誰もが心に抱いている。

それが子孫を残す作業や、

或は芸術や文化といった、

人間が造り上げた習慣や作法という形にして、

生きた証を残す行為に現れているのではないだろうか。

 

生き続けたいと思う人間が死に至り、

死にたいと願う人間が生き続ける。

こういったケースはそれほど稀ではない。

考えてみると、

人の生き死には個人の思いとはまた異なったところで、

決められているのかもしれないと思う時がある。

 

司馬遷の史記によると、

秦の始皇帝が、

不老長寿の妙薬を探している事を知り、

徐福という男が、

東方の三神山に長生不老の妙薬があると具申し、

3000人の若い男女を引き連れて船出したが、

広い土地を得て王になり戻らなかったと記してある。

 

この話に諸説はあるが、

恐らく始皇帝に話を持ちかけたのは事実で、

彼の命で日本に渡り徐福と名乗った中国人も、

当時はかなりいたのではないかと推測される。

なにしろこの除服伝説は、

日本に限らず本家の中国や韓国にもあるらしい。

 

ウィキペディアによると、

徐福ゆかりの地として、

佐賀県佐賀市、和歌山県新宮市、

鹿児島県いちき串木野市、山梨県富士吉田市などが、

有名と記されている。

 

事実、新宮市からほど遠くない、

市木という小さな街道町の旧家には、

その家にだけにしかないという、

沙羅双樹の木が植えられており、

その家では木の根が万能薬として伝承されているという。

 

先日頂いた吟醸酒は

埼玉県醸造会社で生産されたものだが、

この酒には独特の香りが含まれている。

それは東北や新潟の酒には決して含まれない香りで、

中国の高リャンにのみ含まれる独特の強い芳香である。

 

私がこの酒を一口に含んだ時、

私の脳裏になぜか徐福伝説が浮かび上がった。

そして、この話がどうやら、

必ずしも寝物語ではなさそうだと感じたのだった。

 

何しろこの吟醸酒の酒造会社、

小川町の下古寺という住所である。

こんなところにある酒造会社が、

まさか敢えて中国産の高リャンの香りを、

酒に仕込む事など考えられないと思ったからである。

 

始皇帝は徐福に命じて、

自らの肉体を生きながらえさせる為の、

不老不死の妙薬を得ることには失敗した。

だが、彼の名声は二千年以上過ぎた今も語り継がれている。

 

それを考えると、

始皇帝の肉体は確かに一度死によって滅びはしたが、

ひょっとしたら、

徐福に妙薬の採取を命じるその前に、

彼は既にその存在を語り継がれるという、

不老不死の妙薬を得ていたのかも知れない。

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