金曜日、夫婦の時間が空いたのを幸いに湯村へ向かった。
趣味といって取り立ててない私は温泉フェチで、
二ヶ月か三ヶ月に一度は温泉地へ車を走らせる。
ところがこの半年ばかり、
妻との時間調整が折り合わずに我慢の日々が続いた私は、
フラストレーションをひたすら溜めていた。
温泉は疲れを回復させるいい手助けとなる。
運動不足の体にもまた、
血行を促進させ代謝能力を高め免疫力を回復させてくれる。
その効能が私達夫婦の元気の源と勝手に思っている。
ストレスの溜まった私は、
このところ口内炎に悩まされていた。
こんな場合原因が分かっているから、
医者から診断を仰ぐようなことはしない。
変な病気を引くのも嫌だし、
なにしろ温泉が一番の薬と知っているからである。
木曜日、旅館にwebから基本料金で予約を入れ、
蟹と蕎麦をメニューから省いてもらう。
蟹は時期ではないし、
蕎麦は途中で美味しい蕎麦屋で昼食をとる。
基本料金にするのは、
以前少し贅沢をして懲りたからである。
定宿にしているその温泉旅館、
高い料金だからといって料理の質が良くなるわけではなかった。
挙げ句、品数の増えた料理を食べ残した経験が、
こういった予約をするようになった所以である。
京都から湯村まで休まずに走れば三時間半あまりで辿り着く。
京都市内で妻の用事を済ませ、
京都五条通を西へ走り京都丹波道と走り、
終点の丹波で九号線に合流する。
それから暫く走ると、
自然食志向の蕎麦屋が九号線沿いにある。
そこで蕎麦と麦飯をごま油で炒めた“ソバメシ”の付いた
マクロビオテックト称する蕎麦定食を頂く。
地の野菜を主体にアレンジした定食で、
これがなかなか病み付きになる味なのである。
ちょっと出発が遅れたせいで、
食事を終えて蕎麦屋を出た頃には二時近くになっていた。
それでも途中道の駅で道草を喰って、
丹後から大体二時間少しで湯村へは到着できる。
決して時間的には余裕がないわけではない。
湯村へ向かう途中の九号線沿いには、
かの有名な城崎温泉がある。
若い頃はよくこの温泉地に宿泊していたが、
一時期酷く混雑した時期があり足が遠退いた。
更にその上夕月楼という、
宿名に引かれ宿泊した旅館が、
まさに四畳半襖の下張りを彷彿とさせる、
博労が定宿にしたような遊郭の風情そのもので、
キャンセルするわけにもいかずに宿泊して、
二人で興ざめした経験が重なり、
最近は素通りするようになってしまったのである。
湯村のお湯は、
城崎よりは硫黄分が少し強いが、
湧出温度は九十度を超える高温で、
温泉街の中心にある温泉神社の付近に、
自家製の温泉卵を作る湯殿が開放されている。
少し早めに到着して旅館がサービスでくれる卵を持って、
温泉卵を作るのも夫婦の楽しみの一つである。
私達が初めて訪れた頃、
温泉街は夢千代日記の宣伝で賑わっていたが、
その頃の我が家にはテレビがなく、
その物語の何たるかもよくは知らなかった。
それでもテレビ番組の流行は実に一時のもので、
今では夢千代などはそっちのけで、
温泉組合が総力でかくれんぼか何かのイベントを催し、
新たな集客を図っているようだった。
若い頃、夫婦は争うようにして、
一晩に四五回は温泉に浸かっていた。
しかし最近はどうもいけない。
到着して一休みして温泉に浸かり、
ロビーでビールを飲んだ後に温泉街を散歩する。
温泉卵を作りながら二三十分ばかり掛けて、
ぶらぶら辺りを散歩して途中で一杯。
旅館に戻るともう段取りよく食事の用意が整っている。
冷酒を一本頼んでチビチビ呑むと、
もう二人とも再び温泉に入る力が湧かなかった。
笑いながら、
温泉に入るのにも体力が必要と、
妙に納得する始末だった。
帰り道の途中には、
知る人くらいは知る出石市がある。
ここは昔随分寂れた街だったが、
その頃から皿ゾバは有名で、
少し濃いめの出汁に生卵をいれるという、
独特の食べ方を楽しみながら、
二十皿以上を重ねたこともあった。
しかしここも某放送局の番組に取り上げられ、
一躍脚光を浴びてその波に乗り遅れまいと、
家々がこぞって皿ゾバ屋や土産やを開店し、
一時市内の中心部は銀座の賑わいを呈していた。
だが、移ろいは世の習い。
好奇心に誘われ久しぶりに市中を車で練って見ると、
土曜日というのにその賑わいは、
繁栄した当時の三割二十パーセントにも至らない。
しかし雨後のタケノコのように開店した皿そば屋は、
車道沿いにひしめき合うように真新しい軒を並べ、
バブルに踊った悲惨な未来を予測せずにはおれなかった。
久しぶりの温泉、
妙に疲れたというか気が緩んだというか、
土曜と日曜は日がな二日あまり、
何をする気にもなれないままとろとろと過ごし、
久しぶりに完全休養の日なった。
お陰で我が免疫力は正常値近くまで回復した。
まあ勝手にそう思っている。

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