2009年6月7日日曜日

車の耐用年数

その昔、

マツダのオート三輪が街を

我が物顔で闊歩していた時代、

車はまだ庶民には高嶺の花だった。

 

それはカメラでも同じ事で、

コニカの二眼レフなんか持っていたら、

それこそ羨望の的であった。

だからといって、

持ち主が簡単に触らせたりはしない。

誰もが矯めつ眇めつしながら、

そばに寄って眺めたものだった。

 

ところが最近はどうだろう・・。

街を走る車はほとんどが真新しく小奇麗で、

たまにポンコツトラックが走るのを見ると、

妙に懐古的な情緒感に浸ってしまったりする。

 

更にカメラに至っては、

廉価なディジカメが普及したという事情はあるが、

何処へ行ってもほとんどの旅行者が、

ディジカメも含めた高級一眼レフを持ち歩き、

カメラ無しで歩く人を見つける方が難しい程である。

 

時代が変わったと云ってしまえばそれまでだが、

私は車を買い替える必要があって四年前、

車のディーラー数軒と交渉して、

その価値観の違いに釈然としない思いを抱いた。

 

当時、私の乗っていた車はNISSANのサファリで、

その時既に十二年目に差し掛かっていた。

なぜ買い替える必要があったかというと、

実はラジエーターにヒビが入り、

半年ばかりの間、添加剤でヒビを塞ぎながら、

なんとか騙し騙し走っていたのだった。

 

もう走行距離は二十万キロを遥かに超え、

ディーゼルエンジンという事もあり、

その騒音、排気ガスともども、

そろそろ限界値を指し示していたのだった。

 

それでも私はできれば中古のラジエーターを手に入れて、

三十万キロ走行をも目論んでいた。

それがある日の帰宅途中、

二十四号線の伏見辺りで車がオーバーヒートし、

立ち往生してしまった。

 

仕方なく車を脇によせ、

携帯でJAFに連絡を入れ援助を頼んだ。

その二十四号線は京都と奈良を繋ぐ主要幹線で、

自宅が宇治の私が京都を行き来する際は、

この道を使うのが常だった。

 

JAFの担当者に所在を尋ねられ、

停車した傍にあるバスの停留所を覗いた時、

私は我が目を疑い、思わず息を呑んだ。

停留所にあるその名前たるや、

何とも不可解な事に、

一族の名が町名となって刻まれていたのだった。

 

単なる偶然に過ぎないと、

これを読んだ方は嘲笑されるかもしれない。

しかし当事者にしてみれば、

いつも何の意識もせずに素通りしていたその場所で、

たまたまとはいえ車がエンストしてしまった。

しかも炎天下の中、

一時間近くもJAFを待つという現実は、

如何にも先祖の霊に悪戯されたようで

なんとも腹立たしい気分になったのだった。

 

車は応急処置によって回復したが、

いざラジエーターを丸ごと換えるとなると、

かなりの出費である。

しかもいかに頑丈な車とはいえ、

十二年近くも走っていると、

何処かに耐用年数が切れる部品が、

またゾロ潜んでいる可能性がないともいえない。

 

そこで下取りは無理でも、

長く乗った車でもあり、

愛情を持って好意的に引き取ってくれる、

そんなディーラーを捜して走り回ったのだった。

ところがいざ交渉してみると、

ほとんどのディ−ラーが如何にも冷淡に対応する。

 

まるで十二年も乗るのが、

罪でもあるような口調の営業マンさえいる始末である。

彼らのほとんどは何様のつもりなのか、

車は五六年で乗り換えるのが常識?

といった薦め方をする若造も一人二人ではなかった。

 

たしかに、中古車のディーラーは、

そういう人がいるから我々は助かっていると、

自嘲気味に呟いていたが、

私にして見ればなんだコイツ等の気分だった。

 

結局決め手は担当の営業マンが、

我がポンッコツを一生懸命査定してくれて、

曲がりなりにも値を付けてくれたトヨタに決まった。

交渉したディーラーの中にはしかし、

まるで脅しをかけるような方法で、

売らんかなしか頭にない営業マンも現実に存在した。

 

今自動車不況と云われるが、

私ははたしてそうなのだろうかと疑っている。

若い営業マンが五六年で買い替えるのが、

いかにも当たり前のように車を薦める。

このアメリカ的な使い捨ての文化が、

現在の車不況の根幹のような気がしてならない。

 

メーカーも、ディーラーも、

生産競争に血道を上げる姿勢を今少し考え直し、

車の使用年サイクルを、

せめて十年単位で回転させる視点にたてば、

今回のような大きな落ち込みには至らなかったと私は思っている。

 

最近の車はエンジン性能もメカニカルの耐久力も向上して、

決して五年や六年で耐用年数が来るような、

そんなやわな仕様にはなっていない。

私は好青年だった営業マンのその言葉を信じて、

四年前車をトヨタに買い替える事に決めたのだった。

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