2009年6月11日木曜日

お笑い芸人考

最近のテレビ放送がこれほどまでに凋落した原因の一つに、

吉本という存在があると私は思っている。

勿論、視聴率本位に寄りかかり、

自ら番組編成への自助努力を怠ったテレビ局の体質が、

その大いなる原因であることに疑問の余地はない。

しかし、視聴者の指示をこれほどまでに失うには、

吉本と云う存在が大いに役立っていたと、

私は確信を持って眺めている。

 

お笑いと云う存在が魔女という事ではない。

彼らが大衆受けするという事だけで、

視聴率稼ぎに駆り出したテレビ局にこそ、

その病理の根はある。

 

吉本という芸人達に備わっているのは、

狂言や落語といった、

文化として構築され継承された笑いの芸ではなく、

その場凌ぎのおちゃらけ芸に過ぎないのである。

 

確かに舞台で知恵足らずを演じてずっこける風景を見れば、

観客の鬱積したストレス発散には役立つかもしれない。

しかしそういった笑いはその場限りの物で、

決して観客の心に残るような、

文化としての重さのない芸なのである。

云い方は悪いが、

観客は演芸場へ行き心の中に鬱積した唾を吐き、

そのお陰でスッキリして再び家路に着くのである。

 

そこにどうしても必要な条件は、

電車に乗って足を運び、

ついでに美味いものを食べて帰宅するという、

日常からはなれたプロセスなのである。

それがお手軽に茶の間から見る事が出来る。

そこには電車に乗って、

帰りに美味しいものでも食べてという、

日常からはなれるという、

最も大切なプロセスが欠けてしまっている。

 

お笑い番組が飽きられる大きな原因が、

このテレビの持つ手軽さにあるという事に、

思いが至らないのはテレビ局のスタッフだけで、

恐らくそういったプロセスを愛するおばちゃん達は、

はなっから気が付いているはずである。

 

彼らが情報番組にまで跋扈する姿を眺めながら、

テレビ局も行き着くところまで行ったといったと、

呆れ果てた思いと同時にその時蘇ったのは、

ニューヨークで感じた不快な光景だった。

それは十年あまり前、

私達夫婦が妻の個展の準備でニューヨークを訪れた時、

偶然にも彼ら吉本の芸人達が、

ヒルトンホテルの前に屯しているところに遭遇したのである。

 

それだけで私はとやかく言っているのではない。

むしろ彼らもニューヨークまで来て頑張っているという、

微笑ましい思い出で済んだ話である。

ところが彼らのホテル前での振る舞いは、

舞台上で喚きおチャラケルその行動パターンと、

何ら変わるところがなかったのである。

 

繰り返して云うが、

お笑い芸人をとやかく言うつもりはない。

時と場所さえわきまえるなら、

彼らも立派な娯楽産業を担う一員なのだから・・。

 

しかし他国の路上にその身を置く時、

自分の行動が次に訪れる日本人の、

基準になるという怖さを、

彼らはまるでわきまえていなかったのである。

その最低限のルールすら理解していない、

吉本芸人達の振る舞いに遭遇して、

私はこういった連中が、

マスコミの表舞台に立つ怖さをその時感じたのだった。

 

よく悪貨良貨を駆逐いするという諺がある。

今まさにテレビ局に限らす、

日本という国が人間社会あるいは国家の何たるかも知らない、

節操を欠いたお手軽人間達に上から下まで、

モラルハザードされているように思えてならないのである。

 

何の思想も理念もない彼らにとって、

その発言が社会的にどういった影響を持つかなど、

あまり真剣に考えているようには思えない。

たとえその場凌ぎの問答でも、

彼らは基本的にそれで自分達の存在感が増し、

稼ぎになりさえすればいいのである。

 

そういった刹那的な価値観が、

演芸場と云う場にあるうちは何も問題はない。

訪れる大人達はそれを理解した上で足を運ぶのである。

しかしそういった価値観を持つ大人達が、

各家庭のテレビ画面で大手を振って歩いている。

しかも情報番組のコメンテーターという、

社会的に影響力のある場で、

とてもことの重要さを理解しているとは思えない、

愚にもつかないコメントをしたり顔で言い放っている。

 

こういった光景を見ていると、

彼らの誇る余りにも即物的なオチャラケた価値観によって、

人が生きる上で知識と経験を積み重ねることの大切さが、

無用のモノのごとく切り捨てられるような、

強い痛みを感じてしまう時がある。

 

だかといって彼らお笑い芸人達を、

テレビから閉め出すべきだと主張しているのではない。

私がお願いしたいのはスポンサーから金を集める為だけに、

視聴者を馬鹿にするような番組放送は即刻取りやめ、

テレビの基本とも云うべき報道番組に力を注ぐという、

原点に立ち返って欲しいだけのことなのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿