2009年6月12日金曜日

新興宗教という存在

昨日からのニュースで、

霊感商法を使って暴利を貪った会社が検挙された。

まあ当然の成り行きと思って眺めていた。

しかもその背後に統一教会の姿が見え隠れしている。

テレビの報道だから何処までが本当か分からないが、

そういった霊感商法で、

暴利を貪っていたのは確かなようである。

 

日本に維新以降勃興した新興宗教、

代表的なものを拾うと、

天理教、大本教、創価学会、幸福の科学、統一教会、オーム真理教などなど、

数え上げれば切りがないようである。

 

これら宗教のよりどころは、

旧来のキリスト教、仏教、神道と云った、

様々な宗教や宗派で、

それらが綯い交ぜになって土台となっているようである。

 

そう思って確認の為にウィキペディアを調べると、

天理教や金光教はどうやら江戸時代からあったらしい。

京都から奈良へゆく二十四号線沿いには、

天理市という天理教を冠した地名の町があり、

その辺一帯が天理教の建物だらけで、

天理病院という立派な総合病院までもがある。

 

私は旧来型の仏教徒だが、

天理教などは世界各国にその連絡網を持っており、

旧来の日本仏教などより、

もっと国際的に活動している宗教なのかもしれないと、

思わされたりしたこともある。

 

そういったある程度社会的な確立された宗教団体は、

それなりに安定しているようだが、

戦後雨後のタケノコのように発生した、

新興宗教と云われる団体の中には、

かなりうさん臭い宗教団体が多く含まれている。

 

創価学会など、

今でこそ、それなりに社会的には安定を得て、

政治にまで口出しするほど成長?したが、

四五十年前は新興宗教として、

一般人を勧誘するその手法が随分と強引で、

よく顰蹙を買っていたものである。

 

こういった新興宗教が資金集めによく利用するのが、

今回検挙された霊感商法である。

確かにちょいと見は立派な印鑑や壷だが、

今中国のその筋に制作を頼めれば、

一点精々高く見積もっても数千円程度のものである。

それが、んん十万円では、

いかにイワシの頭も信心からとはいえ、

通常の商いではぼったくり詐欺以外の何ものでもない。

 

随分以前、そう幸福の科学が芽を出した頃だろうか、

不遇の若者達が数人集まったとき、

今の世で何が一番金儲けし易い職業かといった問題を、

酒の勢いに任せて話し合ったことがある。

ケンケンガクガクの論戦の末にでた結論は、

何とも全員一致で宗教団体だった。

 

当時の誰もが、

宗教の持つうさん臭さを嫌っており、

その金権体質が鼻についてはいた。

だからというわけではないが、

楽をして金儲け出来る職業を探してみたら、

行き着いた先がこういった結論だったことに、

誰もが妙に納得したのだった。

ただそのとき同時に、

自分達が今更ながらお金には縁がないことを、

とことん知らされた思いを抱いたことも確かだった。

 

それから間もなくして、

オーム真理教や幸福の科学、統一教会などなどといった、

真新しい新興宗教がぼこぼこと起こり始め、

きっと同じ頃に同じようなことを考えた奴がいて、

それを実行した奴がいたのだと、

その符丁のあった偶然の織りなす糸の絡みように、

顔を合わせるたびに苦笑いしたのだった。

 

ご存知のように問題を起こしている宗教団体の、

総じて目的とするところは金集めである。

教団に巣食う欲深い信者紛いの者を中心に、

黄金色の好きな同類が吸い込まれるように集まり、

口八丁手八丁で騙しのテクニックを駆使する。

私も一度ならず二度三度、

そういった種類の勧誘を受けたことがある程だから、

全く経験のない人など皆無かもしれない。

 

一つの考えとして、

即物的な享楽にお金が湯水のごとく流れるよりは、

そのお金が宗教と云う形で、

もっと精神的な豊かさを得られる方向で使われるのも、

それほど悪くはないかもしれないとは思っている。

そこにこそ宗教が存在する意味があるわけだが、

信者達が本当にそういう目的で資金集めをするなら、

どこにも何も問題はないはずである。

 

ところが、私達が若い時代に、

酒の勢いで考えた戯け話のようなことを、

何ともまあ具体化しているよう連中が、

新興宗教という組織に巣食っているのも現実のようである。

 

生駒には修験者の数だけ宗教があると、

一人の人間臭い修験者を囲む、

数人の教壇というよりは集まりに身を置く、

ある中年女性の話を聞いたことがある。

 

彼女の話によると、

その教祖は隣のおっちゃん的存在で、

修行を終え下山した頃を見計らって皆が集まり、

食事会のようなことを催すらしい。

それでも立派な宗教団体には違いないと、

彼女は自重気味に笑っていた。

 

考えてみるとこの国の宗教の原点は、

そういったところにこそあるのかもしれない。

資金集めに狂奔して逮捕される信者の、

虚ろな眼差しを見ながら、

こっそり彼らにこういった話を、

耳打ちして上げたい衝動にふと駆られるのだが・・・。

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