昨日からのニュースで、
霊感商法を使って暴利を貪った会社が検挙された。
まあ当然の成り行きと思って眺めていた。
しかもその背後に統一教会の姿が見え隠れしている。
テレビの報道だから何処までが本当か分からないが、
そういった霊感商法で、
暴利を貪っていたのは確かなようである。
日本に維新以降勃興した新興宗教、
代表的なものを拾うと、
天理教、大本教、創価学会、幸福の科学、統一教会、オーム真理教などなど、
数え上げれば切りがないようである。
これら宗教のよりどころは、
旧来のキリスト教、仏教、神道と云った、
様々な宗教や宗派で、
それらが綯い交ぜになって土台となっているようである。
そう思って確認の為にウィキペディアを調べると、
天理教や金光教はどうやら江戸時代からあったらしい。
京都から奈良へゆく二十四号線沿いには、
天理市という天理教を冠した地名の町があり、
その辺一帯が天理教の建物だらけで、
天理病院という立派な総合病院までもがある。
私は旧来型の仏教徒だが、
天理教などは世界各国にその連絡網を持っており、
旧来の日本仏教などより、
もっと国際的に活動している宗教なのかもしれないと、
思わされたりしたこともある。
そういったある程度社会的な確立された宗教団体は、
それなりに安定しているようだが、
戦後雨後のタケノコのように発生した、
新興宗教と云われる団体の中には、
かなりうさん臭い宗教団体が多く含まれている。
創価学会など、
今でこそ、それなりに社会的には安定を得て、
政治にまで口出しするほど成長?したが、
四五十年前は新興宗教として、
一般人を勧誘するその手法が随分と強引で、
よく顰蹙を買っていたものである。
こういった新興宗教が資金集めによく利用するのが、
今回検挙された霊感商法である。
確かにちょいと見は立派な印鑑や壷だが、
今中国のその筋に制作を頼めれば、
一点精々高く見積もっても数千円程度のものである。
それが、んん十万円では、
いかにイワシの頭も信心からとはいえ、
通常の商いではぼったくり詐欺以外の何ものでもない。
随分以前、そう幸福の科学が芽を出した頃だろうか、
不遇の若者達が数人集まったとき、
今の世で何が一番金儲けし易い職業かといった問題を、
酒の勢いに任せて話し合ったことがある。
ケンケンガクガクの論戦の末にでた結論は、
何とも全員一致で宗教団体だった。
当時の誰もが、
宗教の持つうさん臭さを嫌っており、
その金権体質が鼻についてはいた。
だからというわけではないが、
楽をして金儲け出来る職業を探してみたら、
行き着いた先がこういった結論だったことに、
誰もが妙に納得したのだった。
ただそのとき同時に、
自分達が今更ながらお金には縁がないことを、
とことん知らされた思いを抱いたことも確かだった。
それから間もなくして、
オーム真理教や幸福の科学、統一教会などなどといった、
真新しい新興宗教がぼこぼこと起こり始め、
きっと同じ頃に同じようなことを考えた奴がいて、
それを実行した奴がいたのだと、
その符丁のあった偶然の織りなす糸の絡みように、
顔を合わせるたびに苦笑いしたのだった。
ご存知のように問題を起こしている宗教団体の、
総じて目的とするところは金集めである。
教団に巣食う欲深い信者紛いの者を中心に、
黄金色の好きな同類が吸い込まれるように集まり、
口八丁手八丁で騙しのテクニックを駆使する。
私も一度ならず二度三度、
そういった種類の勧誘を受けたことがある程だから、
全く経験のない人など皆無かもしれない。
一つの考えとして、
即物的な享楽にお金が湯水のごとく流れるよりは、
そのお金が宗教と云う形で、
もっと精神的な豊かさを得られる方向で使われるのも、
それほど悪くはないかもしれないとは思っている。
そこにこそ宗教が存在する意味があるわけだが、
信者達が本当にそういう目的で資金集めをするなら、
どこにも何も問題はないはずである。
ところが、私達が若い時代に、
酒の勢いで考えた戯け話のようなことを、
何ともまあ具体化しているよう連中が、
新興宗教という組織に巣食っているのも現実のようである。
生駒には修験者の数だけ宗教があると、
一人の人間臭い修験者を囲む、
数人の教壇というよりは集まりに身を置く、
ある中年女性の話を聞いたことがある。
彼女の話によると、
その教祖は隣のおっちゃん的存在で、
修行を終え下山した頃を見計らって皆が集まり、
食事会のようなことを催すらしい。
それでも立派な宗教団体には違いないと、
彼女は自重気味に笑っていた。
考えてみるとこの国の宗教の原点は、
そういったところにこそあるのかもしれない。
資金集めに狂奔して逮捕される信者の、
虚ろな眼差しを見ながら、
こっそり彼らにこういった話を、
耳打ちして上げたい衝動にふと駆られるのだが・・・。

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