2009年6月5日金曜日

香辛料こ考

私たち夫婦は辛いものが好きで、

カレーは勿論のことマーボ豆腐など、

中華料理の類いにも辛みを余分に加えて頂く。

結婚して三十数年間、絶える事なく、

こういったいった食習慣が続いている。

 

よく塩分は高血圧や動脈硬化の原因になるといわれるが、

辛いものを摂取すると、

そういった寿命を縮めるような疾病の、

引き金になるといった話は余り聞かない。

そのせいか夫婦共々、

辛いものを多く摂って体長を崩した経験はほとんど無い。

 

そんなわけで家のキッチンには必ず何種類かの、

辛みスパイスがストックしてある。

日常的に使うワサビや乾燥唐辛子、

胡椒や山椒といった類いは当然のことながら

タバスコはレッドとグリーンの二種類、

他にチリ・ガーリック・ソース、アフター・デス・ソース、

といった輸入スパイスが数種類、

冷蔵庫の扉側に収まっている。

 

しかしこうして香辛料をくらべてみると、

日本の香辛料の辛さは総じて優しい。

しかもあっさりとしていて、

いつまでも後引くような辛さではない。

よく夏に出回る青唐辛子などは、

店主に“かろおすで〜〜”と脅される。

確かに通常の赤唐辛子よりはぴりりとした辛さを感じるが、

それでも口が腫れるとか、

体に変調を来すような辛さにはほど遠い。

 

越前では辛味大根でそばを食べる習慣がある。

これが好きで車で通る折はよく注文するが、

鼻の奥に届く程の辛い大根に当たるのは、

せいぜい十回の内一回程度である。

 

越前でも信州でも、

蕎麦に添えられるワサビが、

ほんの申し訳程度の量であるのを見ると、

私達のような辛い物好きはどうやら少数派で、

ほとんどの日本人は、

それほど辛いものへの嗜好はないように思える。

 

実は先ほど列挙した中に、

アフター・デス・ソースというスパイスがある。

これはコスタリカ産になっているが、

ブラジル食材店で購入したところを見ると、

あちらの方では日常的に使われているソースと思われる。

 

このソースの辛さがそれこそ、

常軌を逸した激しいい辛さなのである。

タバスコやチリソース、

ピザやスパゲティーにかなりの量を振りかけるが、

なかなか驚くような辛さにはならない。

 

しかしこのドクロマークのソース、

それこそ一振りという単位で使用したら、

その辛さたるや尋常の趣ではない。

まるで口内の隅々までが炎に包まれたような、

過酷な症状がなんの前触れもなく突然立ち現れる。

二年前に購入したのだが、

150cc程の瓶の中身のまだ半分以上が居座っている。

 

一度、趣味人仲間の先輩に教えて頂き、

岩牡蠣にタバスコをかけて頂いた事がある。

その折に感じたのは、

タバスコの辛さよりも特有の香りであり、

ポン酢に一味を振り掛けて食べるのとは、

またひと味違った味わいを楽しむ事ができた。

 

トルコなど香辛料を大量に使う国は、

それこそ市場やレストランに限らず、

街のそこら中に多様な香辛料の香りが満ち満ちている。

私達日本人のように、

余り香辛料慣れしていない人間が、

一週間もトルコに滞在すると、

常時香辛料の詰まった部屋にいるような、

香辛料酔いのような感覚に捕われてしまった。

しかしこの感覚は不思議に脳に記憶となって残り、

それこそトルコを離れて数年間、

あの強烈な香辛料漬けの空気が脳に蘇り、

時に妙に懐かしく思いだされたのだった。

 

旅の経験で、

最も恐ろしい思いをしたのは、

ネパールを旅したときだった。

私達は単独でツアーを組んだため、

日本人の多い中心街のホテルではなく、

カトマンズの少し郊外のホテルに宿泊した。

 

そのホテルでの朝食時、

一階のレストランのテーブルに促されると、

奥のテーブルでアメリカの団体客が、

何やら歓声を上げていた。

私達はゆで卵の茹で加減を尋ねるボーイに、

時間を指定した後、

テーブルの中央に用意された青唐辛子に注意を奪われた。

 

美味しそう?・・と、

どちらかともなく目を見合わせ、

その中の一つを口に含んだ。

一噛みの段階では、

二人ともがほんの少し辛さを感じた程度だった。

 

ところがその破片を飲み込んだ途端、

とてつもないスーパーミラクルな辛さが二人を襲った。

あわてて用意してあったミルクを口に含んだが、

その辛さたるや筆舌に尽くしがたく、

目や耳から火が出るような、

それこそ痛辛さに全身が襲われたのだった。

 

少し遅れてて到着したガイドがその唐辛子を指差し、

まさか食べていないでしょうね?と、

釘を刺すように忠告したがもう時は既に遅かった。

それから一時間程して、

もう何を言われても詮無い程の結果が症状となって現れた。

帰国の一日前の事で、

それはもうここでの説明が憚られる症状に、

それから一週間、

帰国後もなお夫婦は悩まされ続けたのだった。

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