我が家の庭は正に雑木林状態である。
お隣は日本庭園・・美しい!
そのジャングルが今正に花盛りである。
三十年前に隣との柵沿いに植えたジャスミンが、
いつの間にか野生化して、
もうヤケクソみたいに咲き誇っている。
実はお隣まで侵入したのだが、
整理しようとしたら切らないでくれと頼まれ、
実に厚顔無礼に幅を利かせている。
駐車場に植えてあるのが忍冬。
スイカヅラとも呼ばれ、
中国では漢方だが、
日本では余り薬として珍重された形跡はない。
漢方なのだからと私も花を摘んで乾燥させ、
忍冬茶を作ってみた。
だが、実のところ一度で止めてしまった。
美味いのか美味くないのか判らなかった上に、
何しろ宇治は茶処、
宇治茶の方が美味い上に、
たいした利尿効果もなかったからである。
この二三日前から咲き出したのは柚の花。
これが面白い。
桃栗三年柿八年柚の阿呆は十三年という諺がある。
この柚の木、やはり阿呆なのか、
正に十三年後になんとかほどの数の実を付けた。
諺通り寸分違わぬ結実だった。
この柚、余り丹精しないものだから、
見事に裏と表がある。
しかも実の少ない裏年は必ずあるが、
表の年でもそれほど多くか結実しない。
それでも七八年に一度くらいは、
百数十個という収穫の年もある。
今年は表の年だが、
花の数を見ると余り期待は出来ないようである。
毎年初めにジャスミンが満開になり、
続いて忍冬その後から柚といった具合に、
時間差で咲くのが通年だったのだが、
今年はどうしたものか一斉に咲き始めた。
暑かったり寒かったりといった気候変動の波状攻撃で、
彼らも何時咲いたらいいのかと思案に暮れた結果、
混乱してしまったのかもしれない。
若い一時期、山野草と蘭が好きで、
手当り次第に買い集めた事があった。
妻もスケッチの対象にと喜んだのをいい事に、
面白い原種の蘭や珍しい山野草を、
購入しては面倒見切れずに消滅させていた。
二三年で消えてしまっても、
スケッチの材料になったのだからと、
言い訳がましく自己弁護していたが、
やはり心が痛んで次第に遠退いてしまった。
それでも全てが消えてしまったわけでもない。
妙にこのジャングル状の狭い庭に適応して、
たくましくも生き残っている野草や蘭もいる。
野草といえるかどうか判らないが、
アシタバなどはもうところ狭しと繁茂状態である。
一番長く居着いているのがアマドコロ。
毎年、清楚な百合状の小花を咲かせる。
写真の一つは最近購入したブルーベリーの花だが、
その下にあるのがアシタバの葉である。
これがキアゲハのいい食料になる。
アシタバを植えてからは、
毎年大量に羽化していたのだが、
この二三年はスヅメ蜂の餌になってしまい,
中々巧く羽化までには辿り着けないようである。
スズメバチを敵視して二三匹やっつけたのだが、
彼らの関係に土足で踏み入った自分の行為こそ、
いったい何事かと思い直し、
いまのところ成り行き任せにしている。
一時期のようにキアゲハの舞う姿は多くはないが、
それでもちらほら舞姿が見えるところをみると、
どこかで誕生してはいるようである。
妻は今でもこのジャングルから運び出される蘭に喜ぶが、
余り中まで入ろうとはしない。
なにしろ狭い上に雑然としていて足場が悪い。
泥棒よけにはなりそうなくらいである。
もし状況を知らずに足を踏み込んだりしたら、
なにかに蹴つまずいて、
怪我でもし兼ねない環境なのである。
それでもその中には、
飼い主の邪険な扱いにも負けず、
生き残ったセッコクやデンドロビウムが数種類、
今年も香りの良い花をつけてくれた。
もう数は増やさないつもりだから、
欲しいという方がいるとどんどん渡している。
昨日も学生がスケッチの材料に欲しがっていると、
妻が花のついた小型のデンドロビウムを、
数鉢、袋詰めにして運んだ。
このジャングル庭も、
いずれは整理しなければならないと、
心の中では考えている。
だがしかしその景観は、
私の書斎とその雰囲気がよく似ている。
雑然として手の施しようがなく、
主人の体から派生した別種の生き物のように、
何となく有機的で曖昧な空間なのである。
こうして眺めてみると、
恐らく私が管理している限り、
この庭も私の部屋と同様で、
このままのジャングル状態が続きそうである。

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