この時期になると毎年ヒメダカが生まれる。
毎年といっても、
始めたのは三年あまり前で、
衝動的に十匹をペットショップで購入した。
衝動的にといっても一匹の値段は高が二三十円。
表現として適切かは疑問が残る。
それというのも妻がNTTに応募して、
ガンダムのフィギュアが当たった。
なぜそんな応募をしたかも覚えたはいないが、
とにかくプラスティックの展示ケース付きだったのである。
ガンダムは直ぐに甥っ子に送って事は済んだが、
その透明ケースの処分に困った。
縦二十五センチ横四十センチ深さ二十五センチ程のケース、
どうしたものかと考えた結果のコペルニクスだった。
実はミジンコを飼いたかったのだが、
それは何処にも売っていない。
で、ふと気が振れてなぜかヒメダカに決まった。
ペットショップの主人は、
初めてなら十匹くらいからと薦める。
何の思慮も働かないわたしは直ぐさま従ったのだった。
初めはその透明ケースをひっくり返し、
そこに水草を一緒に投入して悦に入っていた。
このヒメダカたち、
普段はわたしの足音で逃げ回る割に、
餌をやる時だけは当然のようにわやわやと集まって来る。
程なくして一二匹は途中で腹を上に向けたが、
ほとんどはよく餌を食べ元気に成長した。
飼い始めて二ヶ月もすると体も倍程に成長し、
五月も中頃には産卵を始めたのである。
初めの産卵で生まれたのは五六十匹。
すごいと思うかもしれないが、
直径0.1ミリ体長3ミリ、
群れで泳ぐ風景は精子の行進を彷彿させる。
その年は秋までに断続的に産卵があり、
生まれた数はざっと三百匹ほど・・。
そのうちし五十匹程は間もなくお陀仏してしまう。
冬を越して翌年、
成魚に成長できるのは全体の半分程である。
それでもその数なんと百五十匹。
面白がって覗く友人知人に無理矢理押し付けても、
百匹近くは年を越す羽目になった。
いかに小さなヒメダカといえども、
当初のケースにその数が収まるはずもなかった。
不要な火鉢に水を張ったり、
その辺に転がっていた植木鉢の底を塞いだりと、
いつの間にやらヒメダカの住処は、
庭から玄関にまで縄張りを広げる事となった。
挙げ句、なんという事でしょう!
家内からいい加減にしたらと、
顰蹙を買う事態にまで至ってしまったのである。
しかし彼女、
制作の合間などに鉢を覗き、
野蛮にも、ヒメダカ掬いを敢行する。
ストレス発散のつもりなのだろうが、
彼女の運動神経では中々捕まらない。
わたしは後ろでフフンと嘲る。
今年も既に三四十匹は生まれている。
先日、妙にヒメダカを気にいった友人が、
産卵した藻を持ち帰ってくれた。
恐らくそちらの方でも、
同様の現象が生じている事と思われる。
この藻には今一つ、
タニシの卵というお伴が付いている。
ヒメダカの卵は直径0.5ミリ程だが、
タニシの卵はミクロ単位である。
しかもカエルの産卵と同様に、
ゼラチン質の中に大量に産みつけられる。
これが実に面白い。
生まれたてのタニシは幼生で孵化する。
その大きさはミジンコ並みで、
普通に眺める限り只の黒い点である。
しかし拡大鏡でその姿を見ると
後ろにスクリューのようなものが付いている。
その推進翼を回転させ実に素早く動き回る。
その姿からはとてもあののろまなタニシは想像できない。
興味の湧かない方にとっては、
恐らく地味でマニアックな世界だが、
これがいざ関わってみると、
速いサイクルの小さな宇宙が展開されているようにも思え、
いつの間にやらのめり込んでしまう。
親が生まれたての稚魚をパクリとやる為に、
産卵した藻を隔離するのだが、
それでも時々鉢の片隅に孵化して浮かび上がる。
そんな稚魚を掬って隔離したりしていると、
ちょっと善行を施したごとき気分を味わえたりして、
眺めているとつい時の経つのも忘れてしまう。
何しろリーズナブルな趣味なのである。
その割には中々飽きない世界。
悪趣味と笑う前に、
ヒメダカ掬いも楽しめるこの世界、
一度連中と関わってみるのも、
一興かと思うのだが・・・。

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