2009年5月14日木曜日

若年性健忘症

チェックリスト
思いあたることはいくつありますか
* 筋道を立てて考えることが苦手になっている
* 電車やバスの優先席を気にせず座る
* 一つのことに集中しがちで仕事が偏ってしまう
* 予定や計画輪立てることが面倒くさい
* 地図を見ても道に迷うことがある
* 情報を勘違いすることが多い
* 問題解決はマニュアル通りにしかできない
* 世の中の出来事や流行には関心がない
* 「あれ」「それ」などの代名詞を使うことが多い
* 漫画と週刊誌以外の本はほとんど読まない
* 同僚や友人と会話が続かない
* テレビやラジオのわからない言葉がたくさん出て来る
* 待ち合わせの時間に遅れることが多い
* 電話の内容を正確に聞き取れないことがある
* 人の意見を聞かない
* 云いたい言葉が出てこない
* 他人と一緒にいると疲れる
* 状況判断が下手だ
* 大きな声が出ない
* アイデアが浮かばない
(出典:築山節:若年性健忘症を治す:講談社2004)
いきなり自己診断用のマニュアルを引き合いに出したが、
五個から六個なら注意、十個以上なら医者に相談した方がいいらしい。

こ記事を書いた小又理恵子(健康サイト)によると、
マニュアル通りの作業の日常。
或は忙しいばかりで余裕のない生活。
或は、コンピューターに頼り切った生活。
といった生活が若年性健忘症に掛かりやすいというが、
しかし原因はといえば余りよく判ってはいない。

なぜこんなことを書き出したかといえば、
近所に住む知り合いのご主人が、
この病に掛かってしまったらしいからである。
しかも現役時代の五十代後半にそれが発病した。
実はそのことを知ったのはつい最近のことである。

彼女は私と同年代で、
ご主人はそれより少し上の年齢である。
ちょっと速く退職したことは知っていたが、
まさかその病が原因んで早期退職したとは知らなかった。

つい一月ばかり前のことである。
帰宅途中、
ご夫婦のお嬢さんの姿を近所で見かけた。
彼女は数年前に嫁いでおり、
訊くとその住いは随分離れたところにあった。
そして彼女が云うには、
今父を捜していると・・・。

えっ・・怪訝な顔の私に彼女は更に話を続けた。
母が風邪を拗らせて入院したため、
父を施設に預かってもらったのだが、
どうやら施設を勝手に出たらしい。
それで家に帰ってはいまいかと探しているのだと・・・。

幸い午後になって父親は発見され旨、
彼女がわざわざ我が家を訪れ、
事無きを得たと報告を入れてくれた。
私はしかしその時になって初めて、
若年性健忘症という病を知ったのだった。

思うに彼女の夫は人付き合いが苦手のようだったが、
マニュアル通りの作業の日常や、
忙しいばかりで余裕のない生活とも、
或は、コンピューターに頼り切った生活とも、
ほとんど年代からいっても縁のない人である。
そういった普通の人間までもが、
この若年性健忘症にかかってしまう怖さを、
私はこのことに遭遇して初めて知ったのだった。

考えるに、
冒頭に引用したチェックリストを読むと、
思い当たる節が五つや六つではない。
まあ齢六十にもなれば若年性とは云えないかもしれないが、
これからもし肉体が死に至る病に罹りさえしなければ、
あと二十年ばかりはこの体を維持せねばならない。

その途中、こういった病に冒されたらと考えると、
何ともこの先に希望が持てない。
実はそういった状態の母を、
私達夫婦は十数年前に見送っているのである。
最後にだけは正気を取り戻し、
妻に向かって云った、
「ありがとう・・」の一言が、
全ての苦労を流してはくれたが、
もし自分がと思うととてもやり切れない。

きっとこの国が、
もっと人間を大切にする社会だったら、
こんな思いに捕われはしないのだが、
この国の政治環境でそれを望むのは、
泥沼に家を立てるにひとしい行為のように思える。

以前、老夫婦が、
畑のゴミ焼却炉の中で心中したことが報道された。
夫の最後の書き置きの中には、
すっかり暈けてしまった妻だが、
どうやら私が一緒に死のうとしていることだけは、
判っているらしいと記していたらしい。

近所の人が発見した時は既に、
老夫婦はこの世の人ではなくなっていたということだが、
傍らの軽トラックからは、
クラシックの調べが流れ続けたいたそうである。
子供のいない私達夫婦は、
きっとこういった死に方しかないかも知れないと、
この報道に接し、涙したのだった。

老いる人間が安楽に死期を迎えられる。
これは今、この国では夢物語なのだろうか・・・。
いつの間にかこの日本という国は、
老人にはあまりにも過酷な、
荒んだ国に成り下がったのかもしれない。

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