2009年5月18日月曜日

不透明な金の流れ

昨日の町内会で、

日赤の寄付金について問いあわせた。

その金の流れが不透明で、

寄付金なのにキックバックがある。

廃止すべきではないかと・・・。

 

会長役その不透明さには納得している。

町内会に一割、

その上の組織には二割、

申請すればキックバックがあると・・。

しかも、寄付金に関しての会計報告が一切ない。

 

他の町内からも、

その不透明な集金システムに疑問が上がっている。

だが、今すぐ廃止するというわけにはいかないので・・。

 

皆ボランティアである。

それ以上追求しても意味がないので話を納めたが、

どうもこういった集金システムが、

日本では上からしたまで浸透している。

 

して、そのキックバックのお金は、

何に遣われるかといえば、

大体は飲み食いである。

これではなにをか況やである。

税金をくすねる官僚を非難できるわけがない。

 

一体いつ頃からと歴史を振り返る。

どうも有史以前から、

日本人は何かにつけ集まって、

酒を酌み交わすのが好きな民族らしい。

そこで本音を語り合って、

意思の疎通を図るという正に酒飲みの方便である。

 

こういったシステム下戸は嫌う。

当たり前である。

冗談じゃない。

なぜ酒の呑めない自分が、

応分以上の金を払うのか?

しかし歴史の中で多くは黙殺され続けてきた。

酒飲みを優遇し過ぎるという、

公平性を欠いた悪しき習慣なのである。

 

しかも、こういった金の流れは、

往々にして不透明きわまりない。

実は役人たちの裏金作りも、

こういった歴史背景に根ざしたものであり、

恐らく余程の大手術をしない限り、

消えて無くなることはまずあるまい。

 

どうも日本人は、

こういった曖昧なうさん臭さが好きな民族のようである。

訳の分からない金を、

分けの判らないところにプールして、

一部の人間が蜜のようになめている。

こういったうさん臭いシステムが好きな連中が、

何とも多いことだろうか。

そして今の時代、

国家組織をまで腐らす温床になっている。

 

以前は回覧板に袋を下げて回していた。

ほぼ強制的な集金方法だった。

日赤のこのうさん臭い寄付金の流れは、

一部の人間の中では先刻承知の事実だった。

で、私達数軒は黙殺していたが、

どうも無垢なる我が町民の多くは、

黙って五百円を袋に入れている。

その金がどういった使われ方をされるのか、

まるで頓着ないというより、

面倒に巻き込まれたくないが故の沈黙である。

 

そこで私は暴挙に出ようと思う。

寄付金袋を各家庭に配ってしまい。

書類を填補するという。

それにはこう認める。

 

これは純粋に寄付であり強制ではありません。

望んで寄付される方は、

袋にご希望の金額をお入れになって、

組長の丸々までお持ちくださいと・・。

 

下らない悪しき習慣に便乗して、

寄付金から飲み代をかすめ取るような連中の為に、

何も私がその手助けをすることはないのである。

しかも、その寄付金が一体何に遣われているのやら、

皆目分からないとなれば尚更のことである。

 

恐らくこういった方法をとれば、

寄付金をそれでも支払うという家はいまい。

正直、持ってくる家があれば、

内情を説明して、

それでも寄付なさいますかと、

確認しようと思っている。

私の組には19軒。

恐らく寄付金はゼロとなる。

 

さあてどんな意地悪が始まるか、

京都という街の、

果ては日本という国の不思議な習慣、

背筋を伸ばしたマトモが通らない。

とくと拝見いたしましょうか・・・。

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