コーサ・ノストラ の中に、
この事についての記述がある。
男らしく振る舞う事、
それは他人を危険に巻き込まない。
コーサ・ノストラはイタリア語で、
「われらのもの」を意味し、
反社会的秘密結社集団マフィアを意味する。
マフィアは映画でも描かれたように、
アメリカで巨大な犯罪組織になったが、
初めはシチリアの小さ犯罪秘密結社に過ぎなかった。
彼らはしかしこういった掟のごとく、
身内には実に優しかった。
しかし、組織が膨張の過程で社会に対して行なった行為は、
すべて血なまぐさい犯罪の歴史である。
彼らが標榜する組織内の掟は、
実に合理的で家族愛に満ちてもいる。
しかし、この集団は、
暴力と恐怖で周辺地域を支配した。
まさしく犯罪組織なのである。
思うに、彼らの憲法といわれる掟は、
別名・血の掟、沈黙の掟そしてまたオルメタの掟という。
その中身はウィキペディアによると以下である。
第一条 第三者が同席する場合を除いて、1人で他組織のメンバーと会ってはいけない。
第二条 ファミリーの仲間の妻を見てはいけない。
第三条 警察関係者と交友関係を築いてはいけない。
第四条 バーや社交クラブに入り浸ってはいけない。
第五条 コーサ・ノストラにはどんな時でも働けるよう準備をしておかなくてはならない。それが妻が出産している時であっても、ファミリーのためには働かなければならない。
第六条 約束は絶対的に遵守しなければならない。
第七条 妻を尊重しなければならない。
第八条 何かを知るために呼ばれたときは、必ず真実を語らなくてはならない。
第九条 ファミリーの仲間、およびその家族の金を横取りしてはならない。
第十条 警察、軍関係の親戚が近くにいる者、ファミリーに対して感情的に背信を抱く者、素行の極端に悪い者、道徳心を持てない者は、兄弟の契りを交わせないものとする。
第三条と十条を除けば、
地方の秩序を守る為の、
ちょっとした秘密結社的な微笑ましささえ感じられる。
しかしこの掟に縛られた集団が、
法の網をかいくぐるビジネスを展開し、
アメリカの裏社会を支配するにまで巨大化したのである。
マフィアに限らず、
階級社会や差別社会という環境は、
こういった犯罪組織を生み出すというのが、
過去の歴史の教訓のはずである。
しかし近代社会は次第に、
同じ間違いを繰り返す方向に向かっているようである。
自由主義、民主主義といった言葉は実に響きがいい。
こういった響きのいい主義主張には、
必ず裏があると私は思っている。
なぜならそれを実行するのが人間だからである。
はっきり言えば主義主張に裏があるのではなく、
それを運用し実行する権力者たちが、
都合良く裏口を工作するという事である。
本当はそういった抜け道を塞ぐのが、
良識であり法であると思うのだが、
どうやら一党独裁が長く続き過ぎたせいか、
この国にはその両方ともが欠けてしまっている。
その最も判りやすい例は、
日本国憲法を破るべき主義主張程度にしか考えていない、
政権与党にあぐらをかく政治家たちの姿勢である。
また同時に、
政治に平気で口を挟む検察の姿であることも、
よく理解いただけることと思う。
マフィアにしても然り、
自由民主党にしても然りである。
運用する側に掟や憲法を、
お座なりな主義主張程度にしか思わない、
多くの構成員がいる限り、
こういった秩序を重んじる掟や憲法は、
いとも簡単に歪められてしまうのである。
ひょっとしたら自国の憲法を、
こうも簡単に踏みにじる人間が中心にいる国など、
アメリカ人にしてみれば、
マフィア程度の組織にしか思えないかもしれない。
本来国家にとっての憲法とは、
それを運営する人間に良識というものがあるならば、
何よりもまず遵守しなければならない、
国家の法の全ての規範のはずである。
それが守られない国など、
まあ有り体に言えば、
烏合の衆の集まりに過ぎないと言っていい。
男の美学も同じで、
他人を危機に巻き込まないなどと、
大見得を切るような連中に限って、
市街地で機関銃をぶっ放し、
罪もない人間までも巻き込むのである。
ある意味、自衛隊が自衛隊の侭でいる事が、
国民を守るなどと、
大見栄を切れない分、
存外日本国民は安全かもしれないと思ったりもする。
しかしそれは、
この国の政権与党に法令遵守の良識があってこその話である。
アメリカに求められたからといって、
政治家が守るべき法を都合勝手に変更するようでは、
この国の未来は実に覚束ない。
やはり日本が少しでも規律ある国家になる為には、
政権与党を交代させ、
霞ヶ関の中を大掃除する必要があるようである。
確かに問題は多く存在するが、
政権交代のこの一点だけでも、
今私たち国民は願ってもいいのではないだろうか・・。

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